既成概念完全粉砕、RC211Vの全貌。(2)

「いや、別に普通ですよ、普通に300で走ります。特種な感じはないですよね。ムジェロでチェカのスリップについて324km/h出たんですけど、やっぱり300からは風の強さは感じました。パワーじゃなくて空力というか」
 最高速付近でこのマシンはどうなるんだい?自分でもバカだなと思う質問を宇川に投げると彼は丁寧にそう答えた。答えを聞いてからコイツの普通って一体なんなんだろうなと思う。RCは最高速そのものがすごいわけではもちろんない。最高速だけを捉えるなら隼も12Rもそのくらいは行くぞ、というのが21世紀を跨いできた一般ライダーの口癖となっている。もちろん俺もそんなことは知っているが、それでも聞かずにはいられなかった。あのとんでもない加速の頂点には神がかった空間があるんじゃないかと思えてしょうがなかったからだ。ただ、RCは最高速仕様のマシンではない。
 今シーズンはじめ、鈴鹿サーキットの1キロ足らずの直線でロッシが非公式ながら320km/hをマークしたことは記憶に新しい。それは四輪のF1マシンをゆうに超える加速力を持つことの証明だった。F1のコーナリング速度はmotoGPと比較しても比べ物にならないほど速く、コース上で全開になる区間もずっと長い。しかしたった1キロの距離で300をゆうに超えてしまうパフォーマンスを持った二輪がいよいよ登場した。しかもそれはドラッグレーサーではなくれっきとしたGPマシンで、コーナリングも含めクローズドのオンロードコースを走るバイクとしては現存する中で一番速い二輪ということになる。2年前、鈴鹿8耐で俺が乗ったワークス仕様のRVFの最高速が280にも満たなかった。満たなかったと言っても市販車とは加速力が違うので、実際に鈴鹿のコースを走っているときにはかなり速い。しかしそれよりもRCは、たった1キロの直線上で40km/h近くも速いということになる。しかしその最高速の差よりもはるかに大きな隔たりを感じる加速感の差は、けしてこれまでのGPレース実況テレビから伝わってこなかった。バイクレースのストレート画像はそのほとんどが正面からのものになっている。もしくは車載、空撮だ。それではあのボコボコとわだかまっている大気の中を突き進んでいく感覚を想像することは出来ない。テレビで見る飛行機はまったく揺れてない。サッカーの試合もスタジアムでみるのとテレビで見るのではまったく違う。それら以上に、バイクの速さはテレビ映像から伝わりにくい。俺が想像した陳腐で浅はかなmotoGPの世界など、現実の世界の足元にも及ばなかったのだ。

今年4月、雨の鈴鹿GPを生で観戦したとき、ストレートを駆け抜けてくるRCの速さには恐怖を覚えた。自分の中の記憶としての速度感と、現実に目の前を走っているRCの速度がひどくかけ離れていたからだ。さっき最終コーナーを下ったマシンが、あのタイミングで1コーナーに差し掛かる?ということは俺が知っている景色のいくつかが確実にぶっ飛んでいる。もしくは人間の感性がまた一歩どこかに向かって進んでしまったということだ。俺はその感性を知らない。彼らがストレートで一体何をし何を感じているのか、それさえ想像することが出来なくなってしまったということだ。

2周目に入る直前のシケイン立ち上がり。ビッグマシンの場合ここでは1速でそこそこに引っ張り、2速を飛ばして3速に入れ、そのまま低速トルクで押すような走りをするのが定石だ。つまりブーーーンブンブーーーーンと2速をほとんど使わずに3速に上げていく。公道では渋滞路でよく見かけるシフトタイミグ。2速で引っ張るとトルクが強すぎてホイルスピンを起こし、一撃でハイサイドでぶっ飛んでしまう。「RCも基本的に同じ走り方」と聞いていた俺は、スーパーバイクと同じタイミングでシフトを上げて、アクセルをひねっていった。1速で押し出す感じはもちろんスーパーバイクと比較にならないほど強いが、それはアクセレーションでごまかすことが出来る。そして2速を飛ばし、すぐに3速に入れて低い回転域からグッと押し出すようにして最終コーナーを駆け下りようとしたその瞬間、RCは突然ウイリーしてしまった。場所はまさしく最終コーナーの中間すぎくらい、以前柳川がガチンコにぶつかってぶっ飛んだポイントのすぐ先くらいのところだった。あのときの8耐オンボード映像の記憶がある人もいるだろうが、つまりバイクは大きく右に傾き、カントが強くつきながら結構な下りの右コーナーを回っている最中に、ウイリーしたということだ。公道ではありえないようなGが車体全体にこれでもかと掛かっているポイント。想像だにしない挙動だった。ありえないありえないと念仏のように唱えながら、RCではじめてのホームストレートに向かう。鈴鹿のホームストレートは1コーナーに向かって緩やかに下っている。バックストレッチのように登っている部分、ウイリーしてしまいそうな部分というのは皆無だ。8耐の最中などはライダーとしても比較的何もせずに済むのはホームストレートで、路面はフラットでとにかくただアクセルを開けておけばなんとでもなる、という休憩所。

最終コーナーで3速ウイリーしてしまった俺はすぐに4速に入れ、そのまま全開にした。現存する言葉では表現しようがない加速力が立ち上がったが、それを一度バックストレッチで体験したためなんとかその全開域での視界を広げたい、ということを考えるくらいの余裕が芽生えていた。しかしフラッシュが光り5速に入れると、またとんでもない加速力とともに恐怖感が広がっていく。大丈夫だ、ここはただの直線じゃないか、とりあえずアクセルを開けて伏せてれば勝手にまっすぐ走っていくはずだ。再度フラッシュが光っていよいよ6速へぶち込む。バックストレッチよりも深く突っ込んで6速の時間を思う存分体験しよう、とシフトアップしたその瞬間、またもフロントタイヤが浮いてしまった。さらにモノを考える間もなくグランドスタンド側から今まで感じたことのなかった風が吹き、浮いたままのフロントタイヤが右側にずれてしまう。あなたは300km/h以上出るマシンに乗ってレインボーブリッジやベイブリッジ、淡路大橋を全開で渡りながら6速にぶち込んだ瞬間、つまり少なくとも270km/h以上の速度域でシフトアップした瞬間にウイリーしてしまい、そこに横風が吹いてフロントタイヤがずれてしまう、という事態を想像することが出来るだろうか?隼だろうが12RだろうがR1000だろうがカノンだろうがなんだろうが、下りでの直線で5速全開から6速に入れた瞬間にフロントが持ち上がるマシンなど今までこの世に存在していなかった。しかもそこで、まるでゴッドブレスとでもいうような横風が吹いてタイヤがずれる。鈴鹿の風は1コーナーの内側から、そして130Rの後ろから、というのが何年も走って得た絶対的な常識だった。RCはそれすらも見事に破壊してしまった。固体が強烈さを増すと、それまでの自然環境でさえまったく別の意味を持ち始める。


BACK NEXT