既成概念完全粉砕、RC211Vの全貌。(3)

あなたはスゴロクをやっているとしよう。それが人生に例えたものならわかりやすい。サイコロを振り、最大で6つ、最低でも1つ分のコマを進めることが出来るルールだ。それぞれのます目には人生の節目節目が描かれている。生誕日、入学式、彼女が出来た日、祖父母が亡くなった日、猫が死んだ日、酒を飲んだ日、先生にたばこが見つかった日、免許を取った日、事故った日、就職した日、初任給をもらって母親に花をプレゼントした日、車を買った日、オヤジを小さく感じた日、大病を患い入院した日、結婚した日、海外に出た日、子供が生まれた日、子供が病気になった日、白髪を発見した日、家を買った日、家のローンがはじまった日。それぞれのマス目上でもサイコロを振り、あなたは6等級に分かれた節目を迎えることになる。例えば事故った日の6等級は全身骨折重度後遺症障害の恐れアリで相手運転手は重体、5等級は両大たい骨骨折で突っ込んだ家が大破、4等級が単独事故両手首骨折、3等級は利き腕のみ骨折、2等級が鎖骨骨折、1等級は肋骨のヒビのみで入院の必要なし。節目のマスは全部で365個あってその中で四季を楽しむように人生を謳歌するスゴロクゲーム。仲間内と酒を飲みながら一進一退の攻防が続く。あるものは家のローンが破綻し、あるものは宝くじにあたり、あるものは飛行機の墜落事故にあい、あるものは銀行強盗を計画する。それでも大差はない。差はサイコロの目6つ分でしかない。サイコロの目6つ分の差はどうにでもなるものだ。そこであなたは両端の可能性を学ぶ。つまり自分にも宝くじが当たり銀行強盗になる可能性があるのだということを知る。

しかし、もしサイコロの目が「12」あるものでスゴロクがはじまったらどうなるだろうか。ゲームそのものはあくまでサイコロの目が6しかないもので設計されたのだ。つまりマス目は常に6の倍数で区切られ構成されている。しかしそこで「12」を出す者がいると、生誕日を飛び越え入学し、免許を飛び越えて事故り、結婚を飛び越えて子供が生まれたりする。また節目ごとの等級は細分化されずに倍加することになった。つまり事故って12等級を出した奴は即死し、1等級を出した奴は入院した病院の跡取になれる。すべてを端折りワープしてしまう奴が続出する。夜7時に6人ではじまったスゴロクは、7時1分に生まれた瞬間に死亡する奴が出て、7時5分に一人目の億万長者ゴール者が出て、7時10分に一人が殺され、その12時間後にまだゴール出来ない奴が3人も残っていた。
子供用のブランコはどうか。幼い頃よく遊んだ児童公園のブランコに乗る。ものすごく小さい。しかし勢いを得るためには立たなければならない。小さなブランコの板切れの上に立ってみる。鉄柱に頭がぶつかった。ブランコの半径よりも自分の身長は大きくなってしまっていた。立姿勢からでなければ遠くには飛べない。今となってはすぐそこにある仕切りパイプを、しかし飛び越えることが出来ない。座ったまま揺られるしか術はない。ブランコは自分の成長ほどさえも進化しなかった。それはRCとあまりに対照的な道具だ。サーキットも高速道路も30年前とほとんど変わっていない。スゴロクのマス目はそのままなのだ。

1コーナー。ここまできてようやく「このマシンはきちんと止まれるマシンなんだな」ということに気付く。1周目のカーボンブレーキはさすがに効力を発揮しない。ストレートでのパニック状態を考えればまともなブレーキングが出来ているはずもないのに、しかし2周目からは妙な挙動ひとつ起こさずしっかりと自分の狙った速度まで減速した。坂道を下る赤子だけを乗せた乳母車が次の交差点できちんと止まるようなものだ。そしてそこからの東コースは普通に走れた。アクセルを開けさえしなければ、S字からダンロップを駆け抜けていくことはまったく難しくない。時にリズミカルに、時に強引に持ち込んでみても、これまで存在したバイクと同じような挙動を示す。ただ右手に220馬力オーバーの息吹を抱えていることに間違いはない。つまりリズミカルに走ろうがなんだろうが、RCを支配下でコントロールしていることには絶対にならない。

デグナー二つ目、1速からのフル加速。1速で開けるとまるで家の電気のスイッチを入れたときのようにピカッという感じでウイリーする。すぐに2速に入れて開け直す。しかしまたスイッチが入って新たな電球がピカッと光る。さらに3速に入れて再度開け直す。それでも電球が灯ってしまう。ウイリーは止まない。電球が灯るようにウイリーをしているのにメーターパネルのフラッシュランプはただの一度も光らない。バカバカしくなるような感じで110Rを切り刻み、ヘアピンに進入する。ここでも挙動はいたって普通だった。梨本塾を開催している都民モーターランドの最終コーナーを反対周りにしたような低速コーナーのクリッピングまではなんてことない。向きを変えきるまでじっくり辛抱し、路面に対しマシンがほぼ垂直になったときにようやく開け始める。デグナー二つ目の立ち上がりと同じ状態が続く。シフトアップごとに電気のスイッチが入る。カチッカチッカチッとウイリーしてしまう。だから200Rの進入までは遅く感じた。実際に過去の自分のベストラップを出したときよりもヘアピンから200Rまでははるかに遅いのだと思う。加速力に体がついていけず車体姿勢もコントロールできないまま200Rまで行ってしまうからだ。ノソノソとRCに申し訳ない感じで左かから右にバンクし、クリップ付近で再度マシンを起こしてアクセルを開く。3〜4速で全開にしていく、いや、全開にしたい日本屈指の高速コーナー。スーパーバイクならここで5速まで入ることもあるが、とてもじゃないが4速で回しきることさえ出来なかった。スプーンが近付く。ブレーキングしながらマシンを右に振る。スーパーバイクだとものすごく慣性力と減速Gを感じるところだが、この辺りの操作感は本当に軽い。全体車重が軽くて重心位置が高く、コンパクトなエンジン単体がわずかに重いだけ、という4stの速いオフ車(例えばYZ400などだ)をイメージする。進入時からマシンの動きは非常に軽快でサスペンションのストロークも驚くほど長い。あるベストラインを適切な荷重でトレースしない限り作動しないようなサスではない。あとで乗ったNSR500にはない許容範囲だ。NSRのサスペンションは俺なんかが乗っても微動だにしなかった。しかしRCはそこそこの作動感を伝える。

スプーンそれぞれのラインはスーパーバイクの場合とさほど違わない。回り込んだ二つ目のクリップを奥のそのまた奥に設定し、完全に回りきってからアクセルを大きく開けていく。このときの立ち上がりラインはスーパーバイクよりもさらに内側で、コース外側、つまり縁石に出る場所は10メートルほど先になった。そのくらい直線的なラインを取らなければフル加速は出来ない。そしてまたあの二次元の空間がはじまる。いくら算盤の達人でも、それまで限界とされていた桁数の二乗以上の暗算を今まで以上の速度ですぐにこなすことは出来ない。数字の海で溺れる算盤有段者。そんな世界。

3度目のたった数秒の直線区間は、これまでに感じたことがないほど残酷な光景に思えてきた。この力を持っていればどんなことも彼方に吹き飛ばせるのではないだろうか。この力がいつも側にあれば何事にも打ち勝てるのではないだろうか。この力を日常にしたら、すべてを忘れるのではないだろうか。コクピットを持たない核弾頭の前にヘルメットと皮つなぎだけを装着し全責任を背負わされて乗り込んでいるような。鳥になる必要などまったくなかったと思えるような。魚でなくてよかったなと実感するような。すべての女たちと別れて正解だったと思えるような。そんな瞬間。もちろんそんなことを感じたのは生まれてはじめてだった。乗車位置を前にして登り切った地点を全開で通過した。しかしここでもスイッチが入り高々とウイリーする。それでも6速全開を緩めない。三重県全域をカバーしているすべての大気と流動的な有機体に色をつけ、その中でこのRCが一体どれほどの動きをしているのか、GPS画像で見てみたいと思う。たまに光るグリーンのフラッシュランプがそのノロマな加減速だけを死ぬまで繰り返す集合体の中でどう点滅しているのか、それを見たいと思う。
巨摩グンよろしく恐怖の130Rがやってくる。右手の人差し指に神経をやるだけで恐ろしいほど冷静な狂気が瞬時に沈静する。左に倒せば130Rをクリアできるだろう。しかしそれは、俺の今の技術ではひどく退屈なことのように思えた。あの直線だけがずっと続いてくれたほうが、もっともっとRCの面白さを実感できるはずだ。

 都内で見かけるテスタロッサ、首都高に埋まる999、バイク屋で埃を被ったNR、それら以上にRCは鈴鹿サーキットで浮いていた。世の中に存在する99%以上の人がけして理解できず、そして想像すらできないスーパーマシン。これを「乗りやすいGPマシン」だけで終わらせてしまうような人は今までバイクによってだけ恐怖し感動したことをすっかり忘れてしまったかわいそうな人たちだ。俺はこのマシンを、ここを見ているあなたが理解したつもりになるように説明することが出来ない。そんな安っぽい解説者めいたことはしたくもない。みんなが絶対に想像出来ないバイクが今も地球上のどこかを恐ろしい速度で走っている、ということでいいじゃないか。俺は自分の知らないこと、想像し得ないこと、そこだけに興味を持って生きてきたし、これからもずっとそうありたいと思っている。けして入ってはいけない場所にはじめて入っていくときの高揚と不安、それはそこに入ってはじめてその片鱗を知ることが出来るものだ。子供だましのバーチャルにはゲップしている。だから嘘やハッタリの解説はしたくない。

結論、RC211Vとは?
小学校3年からバイクに乗り始めレースをしそこそこ成績を残して首都高もワインディングも常磐道も谷田部もポールリカールもヘレスも様々なバイクでまあまあのスピードで走ってきた俺が、想像すら出来なかったスピードを持ったマシン。開けていけば開けていくほど、速く走ろうとすればするほど、その先の世界はとどまることなく増大し、けして天井を見せてくれない圧倒的なパフォーマンス。正統的なスーパースポーツマシンとして、自分にはまったく理解できない素晴らしい性能を堂々と提示しているバイク。
エッジ度、100点。

最後に、こんなマシンに誰かれなく乗せてくれるホンダという勇気ある会社に感謝します。過日、俺は両国の『本田宗一郎と井深大展』に行き、きちんと大将にお礼してきました。


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