I,do.
そして俺は現実に戻った

市販レーサーの優しさともどかしさ。

 VTR1000SPWは2台のマシンが用意されていた。1台はワールドスーパーバイクチャンピオンマシン、カストロールホンダのコーリン・エドワーズ号。そしてもう一台は今年の8耐を制したCABINホンダの宇川/加藤号。言うまでもなく二つの仕様は大きく異なる。ワールドスーパーバイクは超スプリントギンギン仕様、そして8耐仕様は驚愕の6回ピットを達成したホンダ得意のエコラン仕様となる。
 そもそもVTR1000SP1,2というのは公道においてあまりなじみのないマシンだ。同じクラスの他モデルより実勢価格が高く、Vツインというエンジン形式もあってユーザーでも大きく好みが分かれるところ。都内で見かける機会は少ない。またスーパーバイク仕様車と市販車の差も非常に大きく、ワークスマシンに乗ると「これがあの重たいVTRか?」と驚いてしまうほど車体は軽く、エンジンのイキもいい。ドカシリーズに跨っているような気分になる。つまりこの2台は現実世界からかけ離れた存在だ。

 さてまずエドワーズ仕様だが、先の狂った二台、RC211VやNSR500と比較するとその加速感は劣るものの、1000ccのVツインとしては恐ろしいほど上が回り、速い。またエンジンのつながりも非常にきれいで隙のない作りという感じがする。鈴鹿を2年ぶりに走るモータージャーナリストとしては十分に刺激的な時間を過ごせるパフォーマンスだ。

その中で一際ビックリしたのがとんでもなく効くフロントブレーキ。スーパーバイクではカーボンディスク使用が制限されているためステンレス製を使用しているが、ニッシン製6ポットのブレーキキャリパーは280km/hほどからでも瞬時に速度を殺すほど強烈なストッピングパワーを持っていた。いくらレースシーンといえども効きすぎるくらいの効力は「コーリン以外のライダーでは乗れない(某テストライダー)」というほどで、フロントがフルボトムするという感覚ではなく、フロントフォークそのものがエンジン側にめり込んでくるという感じだった。ブレーキをかけた瞬間、固めのスポンジバリアに突っ込んでいく感じ、とも言い換えられる。経験がないほど急激に立ち上がるストッピングパワーは留まることを知らずずっと制動力をキープする。なれない人間の操作では止まりすぎてしまった。

 これで一年に一回しか走らないサーキットに毎週出向いてレースすんのかよ、と思うとまた21世紀現役バリバリレーサーへの尊敬の念が芽生えた。ピンポイントではなくもっと扱いやすいもので転戦したほうが楽ではないか、と思うのは俺がオッサンになった証だろうか。
 サスペンションに関してはかなりハード目で、S字区間では思ったようなラインをトレースすることが出来なかった。ハードブレーキに対応するためかフロントフォークの動きがつかみにくく、定状円を描くようなコーナーではまったくストローク感がなくて氷の上を走っているように心細い。またマフラーの取りまわしが悪く26.5センチの俺の足ではステップワーク時になんども引っかかってしまった。ラインが決まってきてここぞ!と立ち上がると決まるのだが、クリップ付近で向きを変えるタイミングがつかみにくいためなかなか楽しむことが出来ない。
結局、そのマックス特性を生かしきれないまま試乗時間を終えた。

もう一方のVTR、宇川/加藤車はこれとまるで正反対の味付けだった。まずエンジンは絞りに絞ったらしくパンチがない。また燃費を考慮して3速と4速が驚くほど近いという特異な組み合わせ。これでホンダは通常8時間7回ピットというこれまでの8耐の定説を打ち破り、6回ピットという偉業を達成した。ただでさえ過酷な8耐で、これはライダーにとってはあまりありがたくない(7回ピットの場合は一人1スパン約1時間の走行。しかし6回ピットになれば当然その1スパンでの乗車時間は延びることになる)ことだが
ピットイロスを考えればかなり有効な作戦であり、また他のメーカーやプライベーターユーザーも現代のSBが基本的にインジェクション仕様という前提を踏まえれば、その可能性を模索する上でホンダがまず模範を結果とともに提示したともいえる。

 乗り味は4台のワークスマシンの中で一番市販車に近く、長丁場を戦う上で実に楽に走れるような設定が施されてる。エンジンのピークパワーはないものの、アクセレーションはファジーに調教され、車体の敏感さもまったくない。また勝手に蛇角がついてくれるハンドリングは、4時間を過ぎた辺りから筋肉疲労著しいライダーをかなりリカバーしてくれるだろう。
 気になったのはVTRの特有の「フラレ」だ。高速コーナーを立ち上がったときにフロントのキックバックが沸き起こり(フロントが内側にのめりこむようにガクガクなるよう挙動)それを起点に車体全体がフラレてしまう。これはライダー側の要因もかなりあって、速度をうまくのせることが出来ず肩肘に余分な力が入っていると起こりやすい。車体剛性に見合った荷重をかけれていないということもある。
 俺の場合も試乗時間の15分以内でベストなポジショニングを取ることは出来ないかったし、恐らく肩肘も張っているとは思うのだが、しかし今年もて耐で使ったGSXRにはこういう挙動は皆無だった。加速力は確かに違うものの、GSXRにはそういう気配さえなかった。ホンダのSBマシンは特にマスの集中感があり、すべてが小さな場所に凝縮されすぎているような感覚がある。先に述べたステップワークの際にマフラーが邪魔になったりと、マシン全体が狭い。もちろんマシン全体が小さく軽いことは悪いことではいのだが、しかしCBR954RRがことさら小ささ、軽さを追求した結果、他のリッターモデルではありえない挙動に不安感を抱く場面も多い。ライダーが操る上での「大きさ」をもっともっと考慮してくれたらさらに楽なのではないか、と思えた。
 ただいずれにしてもこの2台はタイトルを取ったマシンであり、現時点では最強であることに間違いはない。そこについ「楽さや楽しさ」を求めてしまうは、加速力や車体構成が普段自分たちが使っているマシンと幾分共通しているからという、俺たちの単純な甘えによるところなのかもしれない。

エッジ度、90点。

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